【夢】孫悟空全6巻
そこは昭和30年代の、古き良き時代の東京下町。
その日一日、燦々に降りそそいだ太陽も辺りをオレンジ色に染めながら、そろそろ地平線の下へと身を潜める頃、人々はそれぞれ家路へと急ぐ。
私もその中のうちの一人だった。
茶色の木製の塀の角を曲がると、向こうからAがやってきた。
「おっ、Aさん今晩は。今からどこに行かれるんですか。」
と私が問うと、
「いやいや、これからBさんのお宅にお邪魔しに行くところなんです。もしよろしければあなたもご一緒しませんか。」
Aは私にそう言いながら、一杯やりましょう、とお猪口を口に持って行く仕草をして見せた。
Bのところへはもうしばらく行っていない。せっかくだから私も同行させてもうらことにした。
B宅はここから徒歩で約10分程度のところにある。Aとお互いの近況を言い合っているうちにB宅に着いてしまった。
「今晩は~」
と言いながら玄関を開け中に入ると(昔の家ってこんな感じ)、中から聞こえてくるはずの声がしない。誰も居ないのか。
すると中からBが出てきた。
「やーやー、よく来てくださった。中へ入ってください。」
やはり居たのか。内心ホッとしながら家の中へ入る。
「今日、わざわざこちらに来て頂いたのは理由がありまして。」
とBが切り出した。理由とはいったい何のことだろう。そもそも私は突然同行してきたわけだし、事のいきさつがつかめないまま彼の次なる言葉を待った。
「実は、みなさんにお見せしたいものがあるんです。」
「何ですか。もったいぶらないで早く見せてくださいよ。」
Aは以前からなんとなくこの話を聞いていたようで、身を乗り出して今か今かと待ちきれない様子だ。
いったい何のことか私には皆目見当もつかない。
するとBは席を立ち奥座敷へと姿を消した。しばらくして私たちのいる部屋へ戻ってきたBの手にはある箱が抱えられていた。
その箱は男性の肩幅くらいの大きさで、高さはさほどない。
いったい何なのであろうか、とBの箱を開ける手をまじまじと見つめていると、箱から取り出されたものは書籍だった。数年前に新シリーズとして出版されたあの『孫悟空DEN 全6巻』だった。
「これは一体・・・」
Aと私は、何の変哲もないただの書籍を目の前に、やや困惑気味にBに問うた。
するとBは、
「この背表紙を見てください。各巻をバラバラに並べてしまうと何が書かれているか分かりませんが、1巻から6巻まで順番に並べると、なぐり書きのようにデザインされたDENという文字がきれいにつながって描かれているのが分かりますよね。」
なるほど、これは一式でなお且つ順番に並べないと発見できないことだ。これは全巻買わせようとする出版社の姑息な戦略のひとつである。1つでも買い忘れたりするとこの文字は完成しない。
「そして驚くのは・・・」
Bは、ここからが肝心なんです、と言わんばかりに鼻を膨らませながらやや興奮気味に語り始めた。Bの緊張感が手に取るように伝わってくる。
「実は、この孫悟空DENの素晴らしいところは、何と、逆に6巻から1巻という順に並べても背表紙にDENの文字が浮かび上がるんです。」
驚愕した。前代未聞である。この有り得ない事態に一同は騒然とした。文学史上初の発見と言っても過言ではないだろう。
落ち着け、落ち着くんだ、と自らを制するのに必死だった。なんという発見。
「私はこれをこのうちの家宝にしたいと思っている。」
Bはそう言うと『孫悟空DEN 全6巻』を静かに箱へと戻した。
私たちはしばしの間、この興奮状態から脱せなかった。この感動を誰に伝えたらよいのか。。。しかし、このことは極秘情報として門外不出にしなければならないと暗黙の了解が取られた。
誰もが持っている『孫悟空DEN 全6巻』。しかし、史上初のBの発見を知る者は未だ私たち二人のみである。


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