「陶器」の街・波佐見町
福岡から高速にのって1時間半足らずで、長崎県波佐見町に到着する。
有田波佐見ICで高速を降りると、左方面「有田へ」、右方面「波佐見へ」というサインが見えてくる。
東京などでは、あまり知られていない『波佐見焼き』。その多くは有田焼として売られてしまっている。現実、有田周辺には波佐見を含め、他に『三川内焼き』というものがあるが、これも有田焼と総称されている。でも本当は、有田焼ではなく波佐見焼きというれっきとしたブランドなのだ。
有田の陶磁器の多くは割烹などに、波佐見焼きは一般家庭に出回っている。だから、私たちがデパートなどでよく目にする『有田焼』コーナーには、実は波佐見焼きが多く採用されているのだ。
実際、有田町にある『有田卸売り団地』という一般人販売専門のお店でも波佐見焼きが展示販売されているから、現地でもお互いの利点というものを知っていて、良い作品だから販売する、または有田焼として販売したほうが売れる、といった思惑が潜んでいるのは否めない。
私が波佐見焼きに行き着いた理由は、ただ一つ。お気に入りの急須があって、もし破損したらどこで買えばいいんだろう。。。と調べたことから端を発した。
すると、有田の情報を得ることができ、その中の分類で『波佐見焼き』というものがあると知った。いくつかのお気に入りの皿の裏を見て検索すると、それはすべて波佐見焼きだったのだ。なるほど、普段使いの"有田焼"なってるワケだな。
有田、三川内、波佐見焼きの歴史は今から400年余り前、豊臣秀吉の朝鮮出兵の際、連れてこられた朝鮮人によって作られたのが始まり。有田焼は、その色鮮やかな赤絵や、シンプルな呉須の色合いが当時のオランダ人などに大人気となり、『IMARI』としてヨーロッパへ持ち込まれ多くの貴族に愛されたといわれている。
江戸時代になると波佐見焼きは日常食器として広く日本全国に行き渡る。しかし当時は一般庶民が陶器を使うということは大変贅沢だったことから、波佐見焼きは「高嶺の花」といわれて憧れの的だったという。
そんな背景がある波佐見焼きの本拠地・波佐見町は、美しい自然が色濃く残る、みごとな町。後ろにそびえる山々の前面には窯元の屋根から伸びるレンガの煙突が綺麗にマッチして、それはもう何ともいえない景色が広がっているのだ。
この町には、世界最大の登り窯『大新窯』がある。全長170m、全窯室39室(写真の丸いドーム型の室が39個!)。驚きだ。
お気に入りの窯元に行って見学もした。器の素である陶石を精製した粘土から焼き上がりまでの工程をすべて見せてもらった。絵付けはすべて手描き。4.5人のおばさんたちが一つひとつ丁寧に絵付けをしていた。うちにある急須もこのように一つひとつ手描きで描かれたんだなと思うと感激した。いまや手描きではなくプリントやシールが多い中、一つひとつ手描きをするというのは至難である。
その窯元は、大変きれいで整理整頓がきちんと行き渡っている。聞くところによると、あれほどきれいにしている窯元はそうそうないそうだ。現場を見れて本当によかった。
こんな感じで3日間、福岡から波佐見町へ通い続けたわけだけど、波佐見の後は佐世保に行って佐世保バーガーを食べたり、福岡の呼子にいってイカを食べたりと美味しいもの三昧だった。
北九州は、移動が楽で本当にいい。ま、そうはいっても運転するのは大変だけど!!!(おつかれちゃんPILAO君!)
福岡は大都会だけど、佐賀や長崎は空気がまだまだ澄んでいて、強い日差しが差しているにもかかわらず涼しい風が吹き抜けて、まるでヨーロッパみたいだ。日陰に入ると幾分暑さが和らぐからね。素晴らしいよ~。東京に戻るのがホント嫌だった・・・
今度住むなら九州がいいな~。あっ、でも台風キライ・・・。どうしよう・・・。
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コメント
すてき!波佐見焼!そして、うちばんご夏バージョンも!金魚だぁ~
投稿: ちぇりまま | 2008年7月28日 (月) 16時17分
いいなあ。僕も陶芸やりたいなあ。
投稿: し | 2008年8月 2日 (土) 08時42分